良書読書会のしおり

なんばまちライブラリーが惜しまれて閉館したため、新大阪で開催しています。初参加の方大歓迎。現在は季節ごとに開催。

第1回銘書読書会(『カンディード』)へのお誘い

良書読書会の主催者が、この春から新たに始める読書会、「銘書読書会」。座右の「銘」に置きたい書物を、一緒に増やしていきませんか?

 

銘書読書会は、現代に読んでも価値のある書物=「銘書」を、古典として受け取るのでなく、新たな視点で読み返し、参加者の人生に活かしていくことを目的としています。今のところ、ヨーロッパ思想の書物(デカルト、ルソー…)やアメリカのモダニズム文学(フィッツジェラルドヘミングウェイ…)など、現代社会にも陰に陽に影響を及ぼしている本を課題書にしていこうと考えています。

 

「興味あるけど読んでない」「名前は聞いたことあるけどどんな本か知らない」という方、大歓迎です!(最初の数回は、主催者が作品の背景や歴史等を簡単に補足する予定)もちろん、これまで良書読書会に参加したことがない方もお待ちしております!

 


課題書: ヴォルテールカンディード』(1759)

(翻訳は、岩波文庫の『カンディード 他五篇』(植田祐次訳)を一応の課題書とします。が、光文社古典新訳文庫晶文社から出ている翻訳を読んで参加してもOKです!)

日時: 4月20日(土) 12:30集合~15:30

(※途中参加、早退自由。)

会場: 新大阪周辺の会議室 (参加希望の方に、詳細な場所を記載したメールを送付します。)

会費: 500円(会議室使用料として)

 

なぜ『カンディード』を選んだかと言うと、この作品がリスボン地震(1755)に影響を受けて書かれ、作品の背景ともなっていることが大きな理由です。さまざまな災害のリスクと共存しなければならない現代社会で、どこに希望が見出せるか? この作品が、そして青年カンディードの生きざまが、皆様がその問題を考えるきっかけとなり、良き助けとなることを願います。

 

参加してくださる方、ご質問のある方は、

goodbooks.preservationsoc@gmail.com 

にご連絡ください(アドレスは良書読書会と共用です)。

また、恐れ入りますが会場の座席配置を考える都合上、参加予定の方は、2日前の

 

4月18日(木)までに

 

上記のアドレスにご一報ください。「参加します」だけでもOKです!

それでは、さまざまな方のご感想をうかがえるのを楽しみにしております。 M

第31回良書読書会 課題書決定!

昨日の『博士の愛した数式』読書会にご参加いただいた皆様、ありがとうございました!まさか読書会のホワイトボードで「スクイズ」の解説をする日がくるとは(!)思いませんでしたが、小川洋子がいかに野球ファン・阪神ファンのツボを押さえた記述をしているか語れて、他にはない読書会になったのでは?と冥利に尽きる思いです。ただ、「1から100までの素数を列挙した理由」の正解発表で失笑されてしまったのは痛恨でした(笑)  次回のクイズに活かしたいと思います…。

 

さて次回春の良書読書会は、山田太一真保裕一瀬名秀明などの他候補がある中で、『冷静と情熱のあいだ』二部作を予定を繰り上げ取り上げることにしました!(調べるとちょうど5月がキーになる小説のようなので、タイミングも良かったです。)

 

開催日時: 2024年5月中下旬の土日(詳細は4月以降決定、希望受付中)

課題書: 辻仁成冷静と情熱のあいだBlu』& 江國香織冷静と情熱のあいだRosso』(角川文庫)

会場: 新大阪駅周辺の会議室

参加費: 500円(会場費)

 

合本して一冊になったバージョンもあるようですが、一応オリジナルバージョンを課題書とします。合本バージョンもどうなっているのか読んでみたいですね!

 

久しぶりに主催者がまったく読んだことのなかった本を取り上げるので、皆様と語り合えるのがとても楽しみです。どっちから読もうかな?そして、ジェンダーレス&ボーダーレスの現代に読み直すと、この時代(1999年発表)の恋愛小説はどう映るのでしょうか?

日時等詳細が決まりましたら、随時このブログでお知らせ致します。参加ご希望の方は、初めての方でもご遠慮なく、

goodbooks.preservationsoc@gmail.com 

にご連絡ください。(主催者記す)

2/17(土)『博士の愛した数式』読書会 クイズ

良書読書会では、前日24時までに「感想文」(書式自由)を各自作成しメールで送付してもらうきまりとなっています。

(読書会の詳細や参加方法については、ひとつ前の記事

https://goodbooks-preservation.hatenablog.com/entry/2024/01/10/211250

をお読みください。)

皆様の読書を深める手がかりとなるように、小川洋子博士の愛した数式』(新潮文庫)について、毎回恒例のクイズを幾つか用意しました。よろしければ、感想文の中でどれかに答えてくださってもオーケーです。

 

① なぜ作品の主な舞台は「一九九二年」(p.8)に設定されているのか?

② なぜ家政婦の「私」の靴のサイズは「24」(p.13)なのか?

③ 「博士」と「私」の共通点はどんなところか?

④ なぜ「私」は、「1から10の和」という問題に対する「ルート」の解答を、「まともに数学を勉強していない」(p.93)にもかかわらず一般化できたのか?

⑤ なぜ「100までの素数」(p.97)が唐突にすべて列挙されるのか?

⑥ この小説の中で、明らかに設定上おかしいところ、あるいはわれわれの知る「現実」とは異なっているところをできるだけ多く挙げよ。

 

隅々まで読まないときっと解けませんよ。挑戦者求む!

良書読書会 小川洋子回 日程決定!!

小川洋子博士の愛した数式』(新潮文庫)を課題書として行う第30回良書読書会、その日程が決定しました!初めての方も大歓迎、奮ってご参加ください。

 

課題書: 小川洋子博士の愛した数式』(新潮文庫)

日時: 2月17日(土) 15:00集合~18:30

(※途中参加、早退自由。会場の予約状況により、15:30集合となる場合もありますが、その際はわかり次第参加者の方に事前にご連絡しますので、ご了承下さい。)

会場: 新大阪周辺の会議室

参加費: 500円(会場費として)

 

阪神タイガースが38年ぶりに日本一に輝いた今年度の締めくくりに、タイガース時代の江夏と素数友愛数オイラーの公式がマジカルに結び付くこの小説を読むのはいかがですか?みんなでわいわい盛り上がりましょう!

参加される方、ご質問のある方は、この読書会のアドレス、

goodbooks.preservationsoc@gmail.com 

にご連絡ください。

また、良書読書会では議論を盛り上げるために「感想文」の作成をお願いしています。数行でも本格評論でも良いので、前記のアドレスに、開催前夜24時までにお送りください。入れ替わりに、会場への詳しいご案内を送らせていただきます。感想文は、名前を伏せて当日参加者の方で共有します。書いてみると意外と楽しいですよ~!

 

それでは、当日できるだけ多くの皆さんと六甲おろしを合唱できることを…、ではなく『博士の愛した数式』について話し合えることを期待しております!

 

良書読書会今後のラインナップ(2024)

平成の「良書」=誰が読んでも面白い小説、を探求し議論を戦わせている、良書読書会です。来年の事を言うと鬼が笑うと申しますので、大いに笑わせてみようと思い立ちました。皆様、良いお年を。

 

第30回 小川洋子博士の愛した数式』(新潮文庫)  2月開催

第31回 山田太一『冬の蜃気楼』(小学館文庫)  春開催

第32回 江國香織冷静と情熱のあいだRosso』(with 辻仁成『Blu』、角川文庫)  夏開催

→2024.2月追記。予定を変更し、ご参加の方々の希望により、辻仁成&江國香織冷静と情熱のあいだ』二巻を第31回課題書とすることになりました。今のところ、5月開催予定です。

第33回 船戸与一『砂のクロニクル』上・下(新潮文庫)  秋開催

第34回 高村薫マークスの山』上・下(新潮文庫)  冬開催(2025)

会場はいずれも新大阪の会議室。初参加の方大歓迎!

goodbooks.preservationsoc@gmail.com に、件名「読書会参加希望」として、いつでもご連絡下さい!

※予定なので、参加者の方の熱い希望があれば随時変更していきます。「これやってほしい!」「この本で読書会やりたい!」等、リクエスト募集中。

第30回良書読書会のお知らせ

「良書」=誰が読んでも面白い小説、をみんなで読み、感想を語り合いましょう。

 

課題書: 小川洋子博士の愛した数式』(新潮文庫)

日時: 2024年2月17日(土)または24日(土)  15:30~

(日は、参加者の方のご都合によって、新年にどちらの日かを決定します。)

会場: 新大阪駅周辺  

費用: 500円(会場費)

 

参加される方は、読書会のアドレス

goodbooks.preservationsoc@gmail.com 

に、お名前(当日はハンドルネーム使用可)を書いてメールをご送信ください。詳細をお送り致します。

初めての方も大歓迎!小さい子同伴も可の気楽な会です。ぜひ多くの方のご参加をお待ちしています!

山田詠美の「もう一つの国」 『ベッドタイムアイズ』論

 山田詠美『ベッドタイムアイズ』は、肌の柔らかさと金属の硬さが共存し、時に不協和をきたすありようを描いている。語り手のキムは、黒人兵が「黒い指の間にはちみつがしたたり落ちるかのように金色」(p.11)のグラ スを持っている所を見て欲情を抱き、黒人兵のほうは「金色のチェーン」(p.12)を裸の胸につけ、さらに自らの金属性を強調するようにスプーンを持ち歩いて、自分の名前にしている。
キムがスプーンと恋に落ちるのは、何よりも「硬さ」に感応したためだ。


偶然ポケットに触れた時、スプーンがビリヤード台の前で、しきりに愛撫していた例の物にぶつかる。それが金属であること、また日常、最も親しんでいる物であるのに気づいた時、私は体の芯にあれが来て、すべての感覚が麻痺してしまった。(p.14)


 スプーンがポケットにスプーンを持ち歩いているのがなぜそんなに魅力的なのか、読者は疑問に思うべきではない。キムからスプーンへの最大の愛情表現が、ピアスをジンで流して(「チン、という澄んだ音」(p.69) でピアスの硬質性が表現されている)柔らかい胃の中に送り込むことで行われ、かわりにスプーンからキムへの愛情表現は硬い歯で左肩の肌に噛み跡を残すことで行われる、これはそんな作品なのである。「愛」や「性」とは、硬さと柔らかさの配分だ、と作者は考えているように思われる。スプーンの肉体は、日本人男性やマリア姉さんのストリップ小屋にひしめく「軟体動物」(p.18)の柔らかさと対比され、硬さや存在感を強調して描かれている。

彼のディックは赤味のある白人のいやらしいコックとは似ても似つかず、日本人の頼りないプッシィの中に入らなければ自己主張できない幼く可哀相なものとも違っていた。海面をユラユラする海草のような日本人の陰毛は、いつも私の体にからまりそうな気がし恐怖感すら覚えてしまう。
スプーンのヘアは肌の色と保護色になっているからか、 ディック自身が存在感を持って私の目に映る。私は好物のスウィートなチョコレートバーと錯覚し、口の中が濡れて来るのを抑えることができない。流れ出る唾液は、すでに沸騰している。(p.13-14)

 しかし上の引用中にある「自己主張できない幼く可哀相なもの」とは、日本人男性一般だけでなくキム自身の自画像でもあり、「海草のような日本人の陰毛」に対する恐怖感は自己嫌悪の裏返しなのである。キムの使う「卒業証書をちょうだい」や「嵐の月曜日に登校拒否をしないで、浮き立った気分で学校に通えるキッズにすらなれそう」など学校に関係する語彙が象徴するように、キムは導いてくれる教師を求めて生きている「生徒」なのだ。

私はマリア姉さんを見詰める。百年間、貯蔵庫に眠らせて置いた金色の酒を注いだようなトロリとした目をしている。
私はいつもこの目に酔わされ自分の醜さを思い、自分の関った男を彼女の手に委ね、確認を頼み、自分を劣等生のように感じ安息を得た。彼女はかわいそうな捨て子の私の、絶対だったのだ。

そしてスプーンと出会って以来、彼が私の絶対だった。私はいつも、あまりにも無知で海草のようにふらふら頼りなくて指導者を必要としていた。(p.61)

「かわいそう」で「頼りない」キムは、スプーンの硬さに愛されることによってのみ、その身を金属製のコルネットのように存在感あるものに仕立てられるのだ。「スプーン、私の唇をコルネットを吹くように吹かないで、プリーズ。」(p.51) ここでキムの意識にあるのは、 2章前で言及されていた「ボールドウィンの小説の中のブラザー・ルーファス」のイメージだ。 なぜか明言されていないがこの小説はジェームズ・ボールドウィンの代表作『もう一つの国』である。『もう一つの国』のルーファスは愛を語るためサキソフォンを必要とするのに対し、スプーンは自らの肉体で「語る」ことができる。


 小説の進行とともに変化する関係性を見てみよう。キムの恋愛は、最初はスプーンに対し優越感を抱くことで始まる。
「腐臭に近い、けれども決して不快ではなく、いや不快でないのではなく、汚い物に私が犯されることによって私自身が澄んだ物と気づかされるような、そんな匂い。彼の匂いは私に優越感を抱かせる。」(p.12-13)
 しかし二者の関係はすぐに変化し、スプーンはキムに「 I’m gonna be your teacher. 」(p.28)と上位に立ち始め、キムも「私の体にはスプーンという刻印が押されているのは確かだった。」(p.51)と彼の優越を認める。そんな折、スプーンはマリア姉さんと肉体関係を持ち、キムが二人をマリア姉さんのマンションで発見することになる。その時のマリア姉さんの描写。

海草のような長い髪の毛が彼の足の間に広がり、その間から金色に塗られた尖った爪が覗いていた。その髪はメドゥーサのように今にも一本一本が蛇になって蠢きそうにユラユラと揺れていた。(p.58)

「海草」のキムを導いていたはずのマリア姉さんの、あまりにも急な「海草」への変貌!ほどなくキムは「愛しているのよ、キム」「ずっと前から愛していたのよ。あんたは私の執着した、ただ一つのものだったのよ」という衝撃的な告白を聞くことになる。
ギリシャ神話のメドゥーサは、相手の目を見据える視線で生身の肉体を硬い石に変えるが、ペルセウスの持つ鏡の盾で自分の目を見ることによって、自らを石にしてしまう。本作では目(eyes)で相手を「見る」人物は、必ず相手に視線を返される。そして返された視線によって、メドゥーサが自分の醜い姿を知るのと同じように、自己認識の劇が始まる。

彼女は私を見詰め返した。私は不思議なくらいに冷静だった。[中略]今、私は男を取られた女になっている。私はそう感じている。(p.61-62)

 後の箇所も引用してみよう。スプーンとキムとの視線の往復だ。

スプーンは肘をついて私を監禁し、ゆっくりと目を開け獲物を見降ろした。[中略]「最後まで見届けろ。オレがお前の上に在るって事を」

泣きださずにはいられない。私は悟る。痛みと快感は酷似していると。スプーンを愛する事は私の心に傷をつける。[中略]「見るんだ」

私は、見た。逃れられない。彼の瞳は私のすべてをものにする。(p.72-73)


 キムがマリア姉さんを愛していた時、マリア姉さんも実はキムを愛していた。キムはスプーンを「あんたは私の気持のよいシーツだ」と譬える一方、スプーンもキムを「ライナスの毛布」のように、そして「ふわふわして柔らかい」小さな頃飼っていた猫のように思っていた。いずれの場合も、相手が自分と対称的な認識を持っていたことは、キムの認識の外にあるもので、キムはそれを遅れて認識する。生徒から見た教師像、教師から見た生徒像は、交点で微妙に交わっている。
 生徒としてのキムは、相互の認識に横たわる溝の存在を二人の教師から「学習」するのだ。「私という、ちっぽけな黒板」にスプーンが書いた数式「2 sweet + 2 be = 4 gotten 」 (p.92)(直訳すると「忘れ去られるには甘すぎる」)を、別れの際に痛みを持って「学 習」するのと同様に。キムがスプーンを忘れ去りなどできなかったことは、数式より雄弁に、「この小説が書かれたこと自体」が示しているし、手記の冒頭は認識の隙間のテーマから始まっている。

スプーンは私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決して、ない。私もスプーンに抱かれる事は出来るのに抱いてあげることが出来ない。何度も試みたにもかかわらず。他の人は、どのようにして、この隙間を埋めているのか私は知りたかった。(p.9)

 センセーショナルな描写にまどわされず、虚心に読めば、『ベッドタイムアイズ』は「柔らかさ」と「硬さ」の関係性、自己と相手の認識をめぐる論理的な小説である。キムとスプーンは隙間を抱えながらも二人で「もう一つの国」を築き上げる。しかしその領土は、現実の国家、スプーンのIDカードを「ジョゼフ・ジョンソン」という「本名」で管理する現実の機関の介入によって、あっけなく消滅してしまう。スプーンが去った後、キムに現実の認識が遅れをともなって訪れる。鋭敏すぎるほどの五感とともに 。

そして、何日かたち、人間の感情が戻って来た時、私は冷蔵庫の中の肉が嫌な匂いをさせて腐りかかっているのに気付いた。それを捨てようとトラッシュ缶の蓋を開けた途端、気分が悪くなって吐いた。[中略]私はやっと思い出した。私はスプーンを失ったのだ。私はもうじき死ぬ病人のような呻き声を出して泣いた。スプーン、どこに行ったの?私は気が狂ったように部屋中をひっくり返してスプーンの残して行った形跡を捜し始めた。(p.96)

 シーツの染み、パナマ帽に残った髪の毛、食べかけのチョコレートチップクッキー…。今は不在となったスプーンの残滓を数え上げ喪に服する作業として、小説は書き始められた。今読者が読むこの記録は、「ジョゼフ・ジョンソン」ではない「スプーン」が真に存在した証、「もう一つの国」での「ID」となっているのだ。


※ページは新潮文庫によりました。